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GW、松島へ観光に行くということ

4/29・30で「奇跡的に被害を免れた」と言われる宮城県は松島へ「観光旅行」に行ってきた。

前日の渋滞予測では東北道下りは5km以上の渋滞無し。
この情報を信じてゆっくり出発したら、予測は大外れで計2時間以上渋滞に巻き込まれた。
噂されていたボランティア渋滞だったのだろうか。

午後3時頃、仙台で高速を降りるが、雲行きがどんどんあやしくなってとうとう雨に。
しかし僕はくじけない。
宿泊地の途中にあるニッカウヰスキー宮城蒸留所には何が何でも寄らなければならない。
車の一人旅だから試飲は出来ないんだけどね。









昔のお酒やジュースの瓶が展示してあって楽しい。
客層は…昨今のハイボールブームの影響なのか若い人が多い。
ショップには1万2万のウイスキーが当たり前に並ぶけど、
いったい誰が買うんだこんな高いの。
そしてこの付近は桜がまだ見頃であった。
桜前線に追いつく旅というのは何か得した気分になる。



この日の宿泊場所は仙台から30分くらい西に行った作並温泉というところ。
宿には広瀬川沿いの露天岩風呂があって、ここに至る階段がとても風情があってよい。





ただこの階段しかないので、お年寄りにはきついだろうな。
というか無理かも。

ちなみに宿は、夕食時の様子を見る限り、半分強の宿泊数とみた。
家族連れや若いカップルも少なくない。
ただし心なしかみんな静かに食べている。
相席の(同じく一人の)男性達に積極的な話しかけるも、いまいち反応が悪い。
まあ…中年男性同士でお喋りしても面白くないんだろうけどさ(苦笑)

さて翌日はいよいよ松島へ。
ところでここまで、まったくと言っていいほど被災の爪痕に遭遇していない。
そりゃ旅館にも大きなひび割れとかありました。
でも栃木の被害と大差ない程度(見た目の話)。

仙台から松島へは最近自動車専用道が整備されて、1時間もかからずに到着できる。
(カーナビの案内を無視して進むのはけっこう勇気がいった)
しかもインター降りて直ぐだから、これまた被災現場をまったく見ないで行けてしまう。
これは、ぜひ松島には行きたいけど被災地を通るのはちょっと…ということで迷っている方にはとても都合いいのではないだろうか?

人によっては「被災地の現状を直視しないとは何事だ!」とお怒りになる方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、そういう考え方がブレーキになって人の動きを抑制してしまうのも事実。
「一つになる」のも大事かもしれないけど、支援にも多様性があっていいと思うし、多様性を認めることで、多くの機会、切っ掛けが生まれるのだと僕は考える。







遠目に見れば、これも被災地だなんて分からない。
ただし注意深く見ていくと、やっぱり栃木とは違う被害状況が垣間見られる。
更に街を歩けば、驚きの光景が…
写真は撮らなかったが、お土産物屋や食堂など、ざっと半分くらいは開店していない。
開店していないというか、シャッターは車が突っ込んだようにメチャクチャに凹み、
ショーウインドウは補強テープで辛うじて形を保ち、
歩道は掃除をしたのだろうけど未だ泥にまみれている。
また、道路の至る所に白い粉が撒かれていて、
後で知ったのだけどこれは消毒剤だったらしい。

「奇跡的に被害を免れ…」は、近隣の街が壊滅状態になったのに比べれば、という意味だったとここに至ってようやく知る。

たぶんだから「一刻でも早く復興を」と動き出せる人たちと、「どうすればいいか未だ分からない」と動けない人たちの両方が共存しているって感じ。
これは正に被災地の縮図なのではないだろうか?

僕は「被災地が商売を始めているんだからお金を使いに行こう」と単純に考えたわけだけど、このスピードについていけない被災者もいるわけで、だけど彼等に配慮して自粛してしまっては、何も始まらない。

経済活動から社会が動き始めるのだとすると、被災者が避難所にとどまる限り、被災地は経済活動すら停止していると言うこと。
だからって被災者に「さっさと動き出せ」と言おうとは思わない。

つまり繰り返しになるけど被災地の状況も被災者の心情も画一的ではないのだから、まだ動けない人は動かないでいいんだし、動きたい人、商売始められる人は動き出しているということを僕らは知るべきなのではないだろうか?

「一つになろう」という思想が危険だと僕が感じるのは、支援する側だけの問題だけではなく、被災者にも何かしたら無理強いを迫ってしまう可能性があるという点。
「一つになろう」は被災者に「さあ、悲しむのはもうおしまい。さっさと復興しようよ、日本中が元気な東北に期待しているよ」と圧力をかけてはいないか。
そうやって「いやゴメン、もうちょっと休ませてよ」という声を塞ごうとはしてはいないか。

世の中には、病気や事故で家族を失って、5年10年立ち直れない遺族なんていくらでもいる。
それなのに、あれほどの災害を経験して、たった2ヶ月ほどで立ち直れると、どうして考えられるのか。

支援するなら、彼等のそれぞれの境遇や心情に配慮する。
そもそも「被災者」という呼び名で画一的にサポートする行為は、支援者の欺瞞であるかもしれないわけだし。

だからお客を待ってる人がいるところには、普通に行けばいいんだと思う。
ということでGWに合わせて準備してきた松島の人たち。

「松島水族館」









「松島遊覧船」





水族館の生き物たちが待っていたかどうかは分からないけど、
遊覧船についてくるカモメたちは、間違いなく人間を待っていた。
何しろいつも以上にエサの食い付きがよかったから(笑)
(この日が運行開始2日目だったようだ)

心安らぐ情景。
瑞巌寺近くの茶屋と、円通院庭園。







そして今回の旅で購入したお土産一覧。
全部、カード使わず現金で買った。



ささやかな自負を述べるなら、被災者たちが明日仕入れる商品代金の足しや、そこで働く人たちの報酬の一部に、今回の旅はダイレクトに貢献できたと思う。
ささやかだけどそう思う。

色んな支援の形や気持ちがあって当然。
たぶんどんな形や気持ちも間違いでない。

僕は「自分も楽しんで」しかも被災地に貢献できると考え、今回の「観光旅行」を選択した。
観光だから寄り道はしなかった。
よって、たぶん数km先にあるのあろう悲惨な現場は一切見てこなかった。


最後に、あの状況下でこれほど急ピッチに観光客の受け入れ体制を整えられた松島の方々へ、心から敬意を表します。

| onai shigeo | 雑記 | comments(0) | - | - | - |
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