東国の人麻呂
短い記事。

栃木県佐野市にある「人丸神社」は柿本人麻呂を祀っている。

「栃木県WEB観光案内所」よりの引用

人丸神社概要: 人丸神社の創建は元慶元年(877)歌聖柿本人麻呂の分霊を勧請したのが始まりと伝えられていますが、境内にある湧泉池は才川の源泉となり田畑を潤していた事から、古来から自然崇拝的なものがあったのかも知れません。信仰は広く境内には元禄4年(1691)に奉納された石鳥居や元禄元年(1688)に奉納された石灯篭、社宝には宝永7年(1710)に江戸講中から奉納された神楽面などがあります。

 
大きくはないけど、湧き水をたたえたお堀に囲まれて神社って個人的には珍しく、お気に入りの場所の一つになっている。
あと狛犬が妙に太っているのも愛嬌があっていい。

そして、ここに寄ると長野県上田市の生島足島神社に行ってみたくなる。









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新潟市のとある一角
職場旅行で訪れた新潟市で好みの日本家屋を発見。
実家が平屋だったこともあり、とにかく僕は木造の二階建てが好き。


正面から見るとこんな感じなのだけど左側の路地に入ってみると…


長い!


とにかく長い!


正面からは全く分からなかったけど長屋(?)みたいな感じ。
ただし生活感は一切ない。
しかし朽ちてはいないしゴミも見当たらないので、人が住んでいるのかどうか判然とせず。
よくよく考えてみると不思議な一角。

次は別の路地。
こっちはあちこちから生活感がほとばしっている。
和風「鍵」ってお店が気になります。


最後はお約束の廃屋。
たぶん雪の重みで崩れかけてるのだろうね。
団体旅行で廃墟廃屋を探すのはとても難しい。
旅はやはり一人旅に限るということで。




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三丁目のたばこ屋
昭和を象徴する代表的な郷愁に「たばこ屋のおばちゃん」がある。
それは主に「たばこ屋の建物」ではなく人との交流を差す郷愁。
何気ない日常の会話や店番をする少女への恋心など、たばこ屋の軒先を舞台にしたエピソードは多く作られてきた。
しかし今やこれら人間関係の機微が繰り返されることはなくなり、それどころか「たばこ屋の建物」そのものも近いうちになくなるのだということに気づいた。

ここで差すのはこういうたばこ屋



こんな感じで店舗より張り出した部分。この部分を何というのか判らないけど、注意して見るようになると、この張り出しのバリエーションが実に多彩であることに気がついた。
更に注意深く観察すると、昭和の遺物のような物件も…


そこで、短期間ではあったが、車を走らせながら、古いたばこ屋を探してみた。
以下は栃木県足利市及び周辺都市に残されていた特に古そうなたばこ屋。

共通するのは土台部分などがタイル張りになっていること。
これだけでもかなり貴重な様な気がする。
そしてこの「タイル張り」そのものが昭和の香り。

付け加えられる知識も情報もないのであとは写真のみで。








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旧木村浅七邸
足利市助戸公民館の付属施設として残る旧木村浅七邸


築110年、ただし昭和30年に大規模な改修工事が行われ、特に内装は洋風に。

立派な建物であるが、文化財としての価値は微妙なところ。

ということで、これまで特に公開されることはなかったという。
ご子息が市に寄贈されたのは平成7年だったというのに。

それにしても立派で風情のある建物である。



以降は写真のみです。


































































































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いずれ無くなる…
 唐突に「もしかして明日、壊されるかもしれない!」という恐怖感に囚われ慌てて撮影。
いくらでも再利用できるし、それなりに希少性も備わっていると思うのだけど、相変わらず行政は動かない。
宝くじでも当たれば買い取って公開するんだけど、宝くじ買っていないし、そもそも自分の甲斐性のなさに問題があるわけで、あまり行政の悪口ばかりも言ってられない。

ということで、ひどい扱いを受けている建造物を見る度に、悶々とするのであった。

「旧足利東映プラザ」









「井草町、旧岩下商店周辺」

















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最後の遺産
足利市相生町にある「相生幼稚園」
経緯は分からないが同じ名称の幼稚園は現存せず、廃園になったものと思われる。
建物は典型的な木造二階建て校舎様式(正式名称は知りません)。

全く管理されていないので、いずれ朽ちるか解体される運命か。

足利に残された(たぶん)最後の木造二階建ての校舎。
「観光都市」を標榜しながらも、足利市はこのまま放置を続けるのだろう。
というか、これを「素晴らしい」と感じるかどうかは人の感性なのだから、
「価値無し」と感じる人が多いのなら仕方のないこと。




















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平成23年の桜
 先日の土曜日に花見の予定で、それは残念なことに雨で中止となる。
ここでいう花見は昼間っから屋外でお酒を飲むという意味で、ただ眺めるだけの花見はむろんした。

写真は足利市緑町の福厳寺の花。







写真の腕前はよくないが、桜の本数が多けりゃいいってわけじゃない見本みたいな美しさ。

たぶん…京や江戸はいざ知らず、昔はこんな地方都市に、あふれるほどの桜はなかったのだと思う。
それを誰かが丹念に増やしていった。
毎年何本かずつ、手入れをしながら完成図を夢見ながら。
僕らが愛でているのは、それら先人たちの夢と努力の結晶。

今日は、震災の日からちょうど一ヶ月。
もう震災前には戻れないという気持ちがある。
しかし、かつて、いずれ美しく咲き誇る桜並木を夢見ながら1本、また1本と苗木を植え続けた人たちがいたように、今まさに、そしてこれから、被災地に咲き誇る「美しい桜並木」のような何かを植えようとしている人たちがいるのかもしれない。

百年後の桜のために。
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西渓園の梅林(3/20)

ブログのアップを忘れていたが、先月中旬、足利市の西渓園に梅を見に行った。








本当は3月12日に行く予定だった場所。
あの時期、特に社会を支配していた自粛ムードと、後は自分の中に巣くった虚無感で、一度は行くことを断念したのだが、その決断はのちのちの自分の行動を規定してしまうような予感がして、気を取り直して出掛けてみた。

有名ではないが、それでも例年、それなりに賑わう西渓園は予想通り閑散としていた。

人の気持ちや考えや立場に関係なく自然は常にそこにある。
この事実はある意味衝撃だ。
文明と多くの人名を奪った自然と、この凜として静謐な美しい自然は同じもの。
ならば人間も、等しく同じく考える必要はないし、同じ気分に支配される必要もない。
多様であるからこそ、社会は豊かになり楽しくもある。

実は僕の中にも「何かしなくちゃ、具体的な貢献をしなくちゃ」という焦りがあった。
しかし西渓園の梅林を見て、と言うか実は閑散とした園内を見て、僕が従来のスタンスで、ブームやムードに対してやんわり釘を刺すことも無駄ではないと思い至る。


以下はXperia + Lento(トイカメラ風アプリ)で撮ったもの。









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代々木体育館
夕景の中の代々木第2体育館。
50年以上前に建てられたこの建築物の斬新さと美しさには、いつもほれぼれする。
ちなみに改修工事中でシートに覆われていた。

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ジオラマ
以前、デジカメで撮ったジオラマ風写真

東京都庁展望台からの眺め。





次は、上野公園から、不忍池・弁天堂を望む



Xperiaを買ってから、Xperiaでばかり写真を撮っていたら
デジカメを娘に奪われる。
それ故ジオラマ写真も数枚撮っただけになってしまった。
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