サポーターがプレーヤーを越えたとき

栃木県立美術館で開催中の絵画展「関谷富貴の世界



栃木県立美術館HPより紹介文抜粋(一部省略)
http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/jp/exhibition/t110423/index.html


関谷富貴はこれまでその存在を全く知られてこなかった画家です。しかし、1950年代に制作されたと考えられるその作品は、鮮烈な色彩とイメージが画家の内面からあふれ出してくるような力に満ちたものです。
関谷富貴(せきや ふき, 1903-1969)は栃木県北部生まれ若くして両親と死別、20歳の時には兄も亡くなっています。その後、画家の関谷陽(せきや よう, 1902-1988)と結婚、晩年まで世田谷区松原に暮らしています。松原のアトリエでは、夫の陽が二科展に出品しながら絵画教室を開き、富貴は画家の夫を支えました。
生前、富貴は作品を発表することは一切なく、また周囲の人にさえも制作する姿を見せることはありませんでした。ごくわずかの人々を除いて、200点近くの作品の存在そのものが知られていなかったのです。しかしその独創的な作品群には、20世紀という時代を生きた女性の内面が見事な造形表現として結実しています。
この展覧会は、ほぼ完全に忘れ去られていた、いや、そもそも美術界に登場することもなかったひとりの画家の驚くべき画業を初めてご紹介するものです。

実際に観た印象は、上掲の紹介文と全く同じであり、これほどの完成度を持つ作品群が完璧に埋もれていた事実にただ驚くばかり。
また「ほぼ無名の画家の妻」という境遇のため、生前の記録はほとんど残っていない。
50年ほど前まで間違いなく存命していた彼女についてはだから「教養の素地を如何にして習得したか?どこで絵を学んだのかすら判明しない」という有様。
しかしたぶんこれが市井に暮らす一般人の現実なのだろう。

さて、関谷富貴の絵画が素晴らしかったことはもちろんなのだが、僕が興味を惹かれたのは「彼女は夫のサポーターに過ぎなかった」という事実。
このあたりの推測は図録に詳しいが、絵画教室を営む夫を手伝う過程で絵画に興味を持ち、子どもがいなかったこと、そして夫が家を空けることが多く、一人で過ごす時間を得たことで、じっくりと絵の勉強が出来る時間があったこと、そして何よりも富貴が資質に恵まれていたことが偶然重なり、サポーターがプレーヤーを越えてしまう事態が現実に起こったと考えられる。

これを夫はどう感じたのか?
最初は、愛する妻が自分の仕事(生き甲斐?)に興味を持ったことを微笑ましく感じていたはずだ。
もしかしたら最初に絵の手ほどきをしたのは夫だったのかもしれない。
(そういう記録や証言すら残されていない)
二人の同居開始の時期すら判明していないわけだが、仮に戦前から同居を開始していたとして、従軍画家として長期間家を空けていた夫が南方から帰宅したとき、妻の笑顔と、アトリエに埋め尽くされた前衛的で見事な作品群を目の当たりにしたとき、夫はいったい何を思っただろう。

富貴は無邪気に「面白くていっぱい描いちゃった」と恥ずかしそうに言ったかもしれない。
その時夫は「これはすごい!」と応えたのか
「いいんじゃない」と無関心を装ったのか
「これみんな単なる模倣で全然ダメだね」と突き放したのか?
いずれにしろ、夫婦は「妻の作品を公表しなかった」
美術界に多少なりともコネクションを持つ夫であったのに。

また、富貴が(たぶん画集で)クレーやカンディンスキーの抽象絵画に触れたとき、現実社会をリアルに再現しないでいいこれらの手法に「女であり妻でありサポーターに過ぎない自分」でも表現者になれる可能性を見出したのではないか?
富貴の日記の類も一切残されていないが、僕は富貴はたぶん日記を付けていなかったと感じる。
自分の思いを文章にすると、それは客観的な事実となる。
女であり妻でありサポーターに過ぎなかった富貴は、頭の中で思っていることや全身で感じ取っていたものを、ストレートに誰かに知られることを恐れたと思う。
「誰か」の代表者はもちろん夫だろう。

いずれにしろ、これらのことは昔話ではなく、現代でも充分に起こりえること。
フェミニズムや男女同権や草食系男子が増えたからと言っても、プレーヤーとサポーターがパートナーになる限り、サポーターがプレーヤーを越える事態は避けられない。
プレーヤーとサポーターの関係とは、もちろん画家や芸術家だけを差すわけではない。
主に生計を立てる者とその受益者。
指導する者と指導される者。
保護する側と保護される側。
親と子。
つまり主従関係の全てのシーンに逆転は起こりえると言うこと。
だから富貴の件は時代のせいに出来たとしても、現代においては全ての責任はプレーヤーに帰する。
そう言う意味では、現代の方がより過酷かもしれない。

サポーターに越えられたとき僕たちは何が言えるのだろう。
「これはすごい!」と素直に賞賛できるのか。
「いいんじゃない」と無関心を装いなかったことにしょうとするのか。
「大したことないね」と叩き潰して抹殺しようと計るのか。

とにかく富貴の絵は世に出ることはなかった。
彼女が天涯孤独な身の上であれば、どこにでも転がっている「よくある話」
しかし富貴の夫は、美術界に多少のコネクションを持つ画家であった。

更に夫は妻よりはるかに長生きした。
妻の絵を世に問う機会はいくらでもあった。
そして忘れてならないのは、同時に富貴の作品群を破棄する時間もいくらでもあったということ。
しかし夫は破棄しなかった。

この事実が、たまらなくやりきれない。

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整いすぎた構図
国立西洋美術館「フランク・ブラングィン展」
http://www.fb2010.jp/main/



画家、壁面装飾家、工芸デザイナー、建築・空間デザイナー、版画家、コレクター。
多彩な顔持つ、ベルギー生まれ・英国を代表する作家フランク・ブラングィン。

ウイリアム・モリスの工房で働いていた経歴があるとのことで、絵画以外の展示物も多い。
また絵画も、出発点が工芸デザイナーであったことからか、ポスターのような構図が多く、逆によく整った構図ばかりで申し訳ないが共感性が欠けているように感じられた。
また太陽光による陰影を強調した絵画が多く、まるで写真のようだなと思っていたら、やはり「写真を元に絵を描いた」というキャプチャーが。
この時代(19世紀末〜20世紀)の画家は、実に器用に写真をツールとして取り入れている。
芸術家というものは実に柔軟な精神を持っていて、常に時代の最先端にも敏感なのだなと変なところで感心する。

下の写真はいつのも「カレーの市民」
以前撮った普通の写真と、今回撮ったトイカメラの写真を並べてみた。



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屏風絵の見方
 先日、東京国立博物館で「長谷川等伯特別展」鑑賞
東博はいったい何年ぶりだろうと考えたのだけど
今回の展示が「平成館」というところで、
その存在を知らなかったのだから20年以上ご無沙汰であったことに気づく。





さて等伯は、桃山時代に京で活躍した絵師。
国宝3点、重要文化財多数持つ日本画における巨人。

日本画だから屏風絵が多い。
屏風絵だから、近くで見るより少し離れて見るのが楽しい。
離れて見ると、近くで見る人の頭が邪魔・・・・には何故かならない。
それが今回の発見。

屏風絵は、室内において、日用品のように使われるのが役目。
だからそもそもじっくり「鑑賞」するのには適さず、
どんな接し方をも許容されなれければならない定め。
額縁に入れられ、ありがたがられる一般的な絵画とは
だからこの点で一線を画す。

また屏風は「W」みたいな感じで立体的に独立して立てられるもの。
どこから見られても文句は言えない。
僕はすすんで斜めから見てみた。

・・・これはまるで3Dだ!

意図したわけではないだろうが、
超二次元的な風景が、
まるで飛び出す絵本のように立ち上がってくる。

素晴らしい体験。
何度も国宝の「松林図屏風」と、
個人的ベストの「萩芒図屏風」を往復して鑑賞。
仏画はほとんどパスしたのだけど
帰ってきて買った図録の解説読んでいたら、
これが含蓄に富んでいて、
もっと仏画もちゃんと見るべきだったと後悔。
やはり理想的な鑑賞方法は、
最初に図録買って一読したから実物を見るってことなんだな。

ちなみに金曜は20時まで開場で、
来場者はサラリーマンやOL風の方が多かった。
なのでみなさん(語弊はあるが)鑑賞マナーがとても良い。

今は新国立でルノワール展やっていると思うのだけど、
きっと一昨年のモネ展並の混雑なんだろうなと考えると
行くのが躊躇われる。

印象派絵画の、
わかりやすさやキャッチーであると言う点は理解できるけど、
美術好きなら日本画も鑑賞しようよと僕は言いたい。

というか、読売と朝日が主催すると、
美術展は何故かとんでもない混雑になるのは何故なのだろう。
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